私は如何にして混乱するのを止めて「メッセージ」を割と気に入るようになったか

(注意書き)

本稿は映画「メッセージ」とその原作「あなたの人生の物語」についてのネタバレを含んでいますので、読まれる際にはその点をご了承願います。

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 さあ、というわけで、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の「メッセージ」を鑑賞してきました。

 してきたのですが、監督のファンであると同時に、原作「あなたの人生の物語」の作者テッド・チャンのファンでもある自分としては、非常に混乱する作品でした。

 原作が頭にあるとどうも腑に落ちないことがあって、鑑賞中も頭の中で??? がグルグル駆け巡る始末。

 結局、混乱を鎮めるために一週間後にもう一回観る羽目になってしまいました。

 と、いうことで今回は、二回観てようやっと落としどころを見つけた混乱ポイントと、それはそうと映画としてはどうだったのか? ってなところを書いていこうと思います。

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【「メッセージ」混乱ポイント】

1、主人公ルイーズの未来予見能力

 原作のルイーズは、読めば明らかですが「未来を見る」能力に目覚めたわけじゃありません。

 彼女は異星人の記述言語ヘプタポッドBを深く理解することで、現在と未来(原因と結果)を同時に認識し、決定された未来(結果)に向かうことを目的とする異星人の文化(決定論に基づく世界認識の視点)を身につけるに至ったのです。

 一方、映画ではどうなのかといえば、初めて異星人と文字言語(便宜上、この文ではヘプタポッドBと表記します)での接触が成功した後、すでにルイーズの脳裏には娘の姿が浮かんでいます。

 フラッシュフォワードというやつで、ルイーズはこの時点で娘の姿を見ているのです。

 さあ、まずここでつまずきました。

 混乱の一個目です。

 先ほど書いたとおり、原作では夢を見るほどヘプタポッドBに習熟しないと未来を認識することはできないわけですが、映画でのルイーズは、序盤ですでに未来のイメージが見えています。

 ヘプタポッドBと未来を見ることに関係があるようには描かれてないんです。

 そうすると、なぜルイーズにはその時点で未来が見えたのでしょう?

 映画を見てると、ルイーズが直前に異星人と壁越しの接触をしていることに気がつきます。

 ヘプタポッドB云々が関係ない以上、こちらはそのシーンがきっかけだったのだなと思うより仕方ありません。

 ヘプタポッドBの位置づけは原作の一番大事なとこなのに、そこ変えちゃっていいのかよ? とは思いますが、まぁここはそういうことなのだと自分なりに納得しておくことにします。

 ところが、物語が進んでいくとヘプタポッドBを解読したり未来を具体的に予見したりと能力を一気に拡大させたルイーズが、大活躍の最中にこんなことを言います。

「ヘプタポッドBを解読することで未来が見えるのよ」

 なにーーっ!

 お前、ヘプタポッドBを解読する前から未来の娘の思い出を思い出してただろ!(ややこしいな)

 ノン・ゼロサム・ゲームとか言ってたろうが!

 はい、やってきました。

 混乱の二個目です。

 ちなみに、ルイーズはまたもやこの直前に異星人と直接接触しているので、さっき納得したとおり「ああ、接触がきっかけなのだな」と思えば作品中のつじつまは合うのです。

 ここにきて原作に目配せされても見てる方は困ります。

 相当強引に「ルイーズが個人的に思い違いをしている」とでも考えないと収まりがつかないのでそういうことにしておきますが……

 なーんだかなぁー。肝心なところがグラッグラしてるんで、見てる最中どうにもお尻がムズムズしっぱなしになります。

 実はこれ、原作だと断章として挿入されていたものを、映画ではルイーズがその都度見ているものとして時系列に挿入しちゃってるからおかしなことになってるんですよ。

 原作と同じように構成されていれば、たぶん気になってなかったんじゃないかと思うんですがね。

 

2、クライマックスでの因果律の破綻

 さて、上記のようなモヤモヤを含みながらもストーリーは進んでいき、とうとうクライマックスの最重要シーン、ルイーズが中国軍のシャン上将に電話をかけるシークエンスに入っていくのですが――

(1)シャン上将に電話をかけてメッセージを伝える必要があることをルイーズは予見するが、現在の彼女は上将の電話番号もメッセージの内容も知らない。

(2)ルイーズは、未来のパーティーで自分が上将に初めて出会う場面を予見する。その時点での過去(つまり現在)に、ルイーズからの電話で武力行使の中止を説得されていた上将は、「どう繋がるのか分からないが」と言いつつ、彼女に電話番号と聞かされたメッセージを伝える。

(3)予見した未来で上将から電話番号とメッセージを受け取った主人公は、現在で上将に電話かけてメッセージを伝える。

 この展開、どう思いますか?

 未来で得た情報(電話番号・メッセージ)を使って現在の問題を解決していますが、これは可能なのでしょうか?

 未来の原因が現在の結果となっているこの行為は、因果律の破綻なのではないかと思うのですが?

 ちなみに原作小説では、物理的事象の因果律的解釈と目的論的解釈は同時に成り立つと書かれており、因果を同時に認識している異星人の文化においても因果律は否定されていません(当然ですが)

 なんとか解釈してみるならば、おそらく、映画でのルイーズの未来予見能力は通常の物理法則の影響を受けないのでしょう(裸の特異点?)

 まぁイアン(原作でのゲーリー)も、異星人のメッセージを「光速を越える方法かもしれない」などと言ってますのでね。その辺のことが裏設定であるのかもしれません。

 もっとも、そんな知識がもたらされたらチャンの短編「ゼロで割る」みたいな混乱が起きそうですがw

 エンドロールにScience and Engineering supervisorとしてテッド・チャンの名前があった(はず)なのですが、この辺どう解釈してるんでしょうかねぇ。

 彼は以前にエッセイで「誰にでも再現可能なのが科学で、特定の人間でないと行使できないのが魔法」と書いていましたので、もしかしたら映画でのルイーズの未来予見能力は魔法のようなものなんだと解釈しているのかもしれません。

 

【でも「メッセージ」をけなす気にはなれない】

 いつもなら、某超大ヒットアニメ映画のように「あそこの理屈がおかしいんじゃい!」と文句を言いっ放しにしているところなのをヤケに好意的に解釈してあげているのは、ドゥニ・ヴィルヌーヴがお気に入りの監督だからということに尽きます。

 はい、はっきりと贔屓ですw

 ではその贔屓目で観て、上記の点に目をつぶってどうだったのかというと、たしかに、映画としてはとってもいいのですよ。

 抑えた色調の画面と緊張感を牽引する音(SE・BGM)のバランスも良かったですし、監督の得意な、探索の最中に狭い通路(トンネル・廊下)に入っていくシチュエーションも、宇宙船の通路のシーンで印象的に使われていました。

 そして何よりも言っておかなくてはいけないのは、原作と映画ではテーマが全然違う、別物の作品になってるぞってことです。

 原作のテーマは「決定論とそこで生きることの考察」ですが、「メッセージ」には決定論の考え方は全く出てきません。

 代わりに映画で語られるのは「コミュニケーション」についてです。

 異星人との意思疎通の過程が軸になる物語の周囲では、大小のレベルで我々地球人側のディスコミュニケーションが描かれます。

 同じテーブルを挟んで軍官民は対立し、国家間の通信は政治的な思惑で遮断されてしまう。

 ついには、右翼マスメディアに扇動された軍人が異星人とのコミュニケーションを文字どおり破壊してしまう。

 そのような中で、異星人とのコミュニケーションをあきらめなかったルイーズが、最終的には危機的な状況を救う英雄となり、彼女の著書『ユニバーサル言語』が世界統一のコミュニケーション手段を提供するかもしれないという可能性まで暗示して、物語は終わる(ちなみに、ルイーズが武力攻撃を中止させ『ユニバーサル言語』を著す未来は娘の死を前提としていて、さすがにこういうところはキチンとしているんですよね)

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 ハードなSFテーマを避けて、言語本来の機能を中心にしてより普遍的なテーマを語った「メッセージ」は、演出の力もあって2時間しっかり楽しめる作品ではあります。

 あるのですが、やっぱり混乱ポイントが気になってしまい、作品にのめり込むまではいきませんでした。

 別に完璧に理論武装してくれ! と言ってるわけではないのですよ。

 フィクションですし、ましてやSFなんてどう言い訳してもウソですからねw

 映画観てるあいだにウソがばれなきゃいいんですよ。

 もっと上手くウソをついててくれれば良かったのになぁ、惜しいことしたなぁってのが、正直な感想です。

 とまれ、テッド・チャンの作品を再読し、未見のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作(灼熱の魂)を鑑賞するきっかけを与えてくれたのですから、それだけも充分に価値のある作品だったんじゃないかとは思います。

 一本の映画で二週間近くああでもないこうでもないと考えるのも楽しい時間でしたしねw

 

【余談】

 テッド・チャンの原作はゴリッゴリのSFなので、SFになじみのない読者がこれをきっかけに短編集を手にとってどのような感想を持つのか? ってのは非常に気になるところではあります。

 また、テッド・チャンは同テーマでさらに2作品書いているので、興味がある方はご一読を(「商人と錬金術師の門」と「予期される未来」、どちらも『SFマガジン2008年1月号』収録)

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